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長いお休み

 ドイツにいる風祭に俺から電話をかけたのは、俺が中学3年のとき、武蔵森の高等部に入学することを殆ど自分の中では決定事項としながら、なかなか行動には移せずに愚図愚図していたときだった。
 風祭からの手紙は代表として俺が受け取っていたから、風祭の療養先の住所はいつでも俺の手元にあった。電話番号は自分で調べた。ドイツ語はまったく判らなかったが、電話口で「カザマツリショーをお願いします!」と日本語で繰り返した。
「水野くん!どうしたの?何かあった?」
 何人かの手を経てやっと日本語の判るスタッフに渡った受話器を受け取ると、風祭は驚きの声を上げた。俺が突然電話なんかしたから、何か事件でもあったかと思ったのだろう。事件があるとしたら、これから俺が起こすのだが。
「いや、特に何もないけど。お前に、ずっと訊いておきたかったことがあってさ。」
「いいけど。何?」
「お前さ、もし、一人暮しでやたら弟に理解のある社会人の兄キがいなかったら、桜上水に転校して来てたか?」
 風祭はサッカーをやる為に武蔵森に入り、サッカーをやる為にそこを辞めたと言っていた。とはいえ私立中学である。いくら子供の希望とはいえ、一般家庭がそう易々と、子供を入学させたり辞めさせたりできるものではないだろう。その辺りのことを風祭自身はどう思っているのか、引っかかりはあったがずっと訊きそびれていた。翻って、こっちのことを訊かれても困るだけだから。
 回線の向こうで風祭は、たっぷり20秒間程押し黙った。
 国際電話だぞ。おい。
「お父さんとお母さんには、迷惑をかけて悪いと思ってる…」
「責めてるわけじゃないよ。」
 親にかけた迷惑だったら、こっちだって人のことは言えない。
「でも、桜上水に来て、僕はやりたかったサッカーに出会えたと思ってる。」
 風祭は一言一言区切るようにゆっくりと、だけど何かを確かめるような、丁寧なしっかりとした口調で言った。
「武蔵森を辞めようと決めてからは、一分一秒でも早くサッカーがしたくてたまらなかったんだ。本当なら、家に帰って親を説得する方を先にしなきゃいけなかったんだろうけど。だけど、功兄みたいに助けてくれる人がいなくて、もしまた遠回りをすることになったとしても、いつかは絶対、桜上水のみんなや水野くん達と一緒に、サッカーをすることになってたと思う。」
 要するに背中を押してもらいたかったんだろうなと、俺は後になってから自己分析したが、そのときは俺は武蔵森に行くつもりであることはとうとう風祭には話さないまま、「国際電話だから」と言ってそそくさと電話を切った。
 風祭はやっぱり風祭だった。
 そのことだけで十分だった。
 たとえ海と広大な大陸を隔てた世界の果てで、車椅子に縛られていても。




 小学生のとき、理科の授業でセミの生涯を習った。
 セミは約7年間を幼虫のまま土の中で暮らし、やっと外に出たかと思うと、一週間鳴き暮らして、そして死ぬのだ。
 女子が「え~カワイソウ~」と声をあげたが、俺はむしろ贅沢だと思った。たった一週間の夏を完全燃焼する為だけに、その準備期間として7年も生きてきたのだ。
 風祭が倒れたとき、身近な人間の急変に俺はショックを受けていたが、一方のどこか冷静な部分で、風祭のことをセミみたいな奴だと思っていた。
 ああ、寿命が尽きたんだな、と。
 俺が風祭と出会ってから奴がドイツに行ってしまうまでは約一年、出会った頃の下手さからすると、風祭はそれまでは、サッカーをやったことがあったとしても遊び程度のものだっただろう。
 俺が知っている風祭は、ただひたすら、サッカーをする為だけに生きているようだった。




 風祭のリハビリが大分進み、向こうの地元チームで既にサッカーを始めていたことは、前もって手紙で知ってはいたが、実際にフィールドで風祭を見たときは、正直、鼻の奥がツンとなった。
 ああ、あいつは。何も変わってはいなかった。
 身長が少し伸びてはいたものの、4年前のあの暑くて短い夏と、少しも変わらない笑顔を俺達に向けた。
 寿命が尽きたと思ったのは間違いだった。サッカーには後半戦がある。
 長かったハーフタイムが、今やっと終わったのだ。
# by daysmoke | 2003-01-23 00:00 | Whistle!

overnight navigation(a.m.6:00)

 早朝の駅前に立つと、藤代は、少しの間だけ不破から離れて一人で辺りの景色を見て周った。開発が進んだらしく、記憶の再生をかきたてられるものは何も見当たらなかったが、一面に景色を彩る色彩の彩度の低さは断片的な記憶の通りで、自分の記憶の色彩が弱いのはそれが古く曖昧であるせいだと思い込んでいた藤代は、むしろその正確さに驚いた。
 北陸の太陽の光は弱い。夏でも新学期近くともなれば風景はその灰色の影に自ら沈み込んでしまう。駅のベンチに腰掛けて、またどうせ考察でもしているのかたじろぎもせずに前を見据える不破を見ると、その姿が余りにも周りの景色に溶け込み過ぎていて、不破が知らない土地の人間にでもなってしまったかのような気がして藤代は不安にかられた。勿論それは杞憂であるのだけれども。
 顔を洗って戻って来た藤代の足音に気づき、振り返ると不破は、「お前は夜、どんな夢を見る?」と唐突に質問を投げかけた。「寮とか部活とか、あと学校の夢とかかな。あ、この前全国で負けた時の試合の夢見て、すっげ、悔しかった。あと新宿とかで友達と遊んでる夢とかニンジンに追っかけられる夢とか。」「ニンジン?何故ニンジンに追いかけられるんだ?」「俺、ニンジンって大っ嫌いだもん。それなのにキャプ、あ、じゃなくて渋沢先輩とかがなんか意地になって俺に無理矢理食べさせよーとすんだよ。そりゃ夢にも見るって!あの人、なんであんなに俺ばっかり目の敵にするんだろーね?他にも自分の嫌いなもん、捨てたり人に食べさせたりしてる奴、いっぱいいるのにさ。」不破は藤代の普段の行動パターンについて、少しだけ考察した。「それはお前が、食事でニンジンが出る度に不満を口にするからではないのか?」「だってあんな物、人間の食うモンじゃねーもん!!!」不破の考察は、どうやら的を射ていたらしい。「とにかく藤代が、起きている間に強く印象に残ったことばかりを夢に見る、シンプルな精神構造をしているらしいことはよく判った。しかし俺が明らかにしたかったことは、」必要ない部分は端折れば良いのに、発言には正確さをきせずにはいられない不破の言葉を、藤代は聞き逃さなかった。「何だよソレ、俺が単純だって言いたいのかよ?だったら不破だって相当単純な性格してんじゃん。」「俺のどこが単純だと言うのだ。」最初は単なる意地の張り合いだったのだが、出会ってから数ヶ月の間のお互いの奇行の数々をあげつらっているうちにやがて声は徐々に高くなり、「もういい!」と藤代が癇癪を起こして不破の元を立ち去ったのは約5分後のことだった。何が「もういい」のか。藤代の方がどう思おうが財布は不破が握っている。不破がいなければ藤代は東京に帰れないどころか電話一つかけることさえできないのだ。放って置いてもすぐに戻って来るだろうと思い、不破はそのままベンチに腰掛けて藤代を待つことにした。
 しかし静かだった駅に列車が到着し、部活だか夏季講習だかに向かう学生達を吐き出して辺りが喧騒に包まれても、藤代は戻っては来ない。もしかして藤代は、自分が迎えに行くまでは戻らないつもりだろうかと不破は考え、「やれやれ…」立ち上がり駅舎を出た。
 藤代は駅を出てすぐのパン屋のガラスにピッタリと張り付いて、店内の棚に陳列されているパンに熱い視線を送っていた。パン屋から出てくる女子高生達が、振り返り、藤代を見て眉をひそめる。いくら藤代の背が高く顔もまあまあ良いとは言え、あれではまるで変質者だ。不破は店内に入って適当なパンをいくつか見繕って買って来ると、黙ってそれを藤代の前に差し出した。「良いの?」藤代の問いに不破が頷くと、藤代は勢い良くパン屋の袋を不破から奪い取り、一気に3個のパンを平らげ、「あー、美味かったー!!俺、無茶苦茶腹減ってたんだよね。」満面に笑みを浮かべた。動物を餌付けしてるようだと不破は思ったが、今度は口には出さないことにしておいた。
# by daysmoke | 2002-11-14 06:00 | Whistle!


DQ6楽しみすぎる。


by daysmoke

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